エレノア・ロングデン
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大学生活初日 家を出た時 空は晴れ 希望と楽観に 満ちていました 学業優秀で 私の将来は有望で 上機嫌で講義やパーティに出 ロードコーン泥棒をする いたずらをする学生生活に 入って行きました 勿論 外観は時として 人を欺きます 講義を楽しんだり ロードコーンを 盗んだりする 快活なイメージは うわべだけのものでした うまく隠したので 気付く人はいませんでしたが 実際はひどく落ち込み 不安で 常に怯えていました 他人や未来や失敗や 空虚感に怯えていました でも私は それを上手に隠し 傍らから見れば羨ましがれ 憧れられる存在でした その見せかけの強さは 自分をも誤摩化せる 完璧な物でした 1学期が終わり 2学期が始まって 誰もが予測出来ない事が 起きようとしていたのです 私がいつもの様に 鼻歌を歌い バッグの中を探りながら 教室を出ようとすると 突然「彼女は部屋を出ている」と 声が聞こえて来たのです 見回しても誰もいません 明確な断固とした声は 紛れも無いものでした 動揺して階段に本を置いたまま 急いで帰りました すると又 「彼女はドアを開けている」 と聞こえたのです それが”声”の始まりでした ”声”は何日も何週間も続き ”声”は何日も何週間も続き 私の行動全てを 三人称で言うのです 「彼女は図書館に行く」 「彼女は講義に行く」 感情もなく批判的でもない”声”に しばらくすると 妙に 安心させられ始めたのです しかし その冷静さは時として失われ 私の内の感情が 映し出される事もあったのです 私がよくする事で 怒りを抑え 上手に感情を隠していると ”声”はイライラするようでしたが ”声”は悪意がある訳でも 困らせる訳でもありませんでした しかしその時点でさえ ”声”は 私の感情 特に意識下の感情と ”声”は 私の感情 特に意識下の感情と 何らかの関係がある事は明らかでした そしてある時 私は致命的な 間違いを起こしたのです 友に”声”の話をし 彼女は気味悪がり そこから微妙な調節プロセスが 始まったのです 普通の人は声が 聞こえないという意味 私は何かとても変だという事実 そんな恐怖と不信感に 取り付かれてしまいました 突然 ”声”は無害な物ではなくなったのです 友人に医者に行く様にと勧められ その通り従ったことが 2番目の過ちとなったのです 不安 将来への懸念など 自分の問題を 大学の内科医に話しました 医師は無関心な態度でしたが 私が”声”の事を話し出すと ペンを置き 私の方を向き 真剣に質問し始めたのです 私は藁をもつかむ思いで この奇妙な”解説者”のことを伝えました 「彼女は自分の墓穴を掘っている」と この時 ”声”に言って欲しかった 私は精神科医を紹介され ここでも ”声”が問題である という認識のもとで 私の話すことは全て妄想だと 解釈されました 私の話すことは全て妄想だと 解釈されました 当時 キャンパスの ニュース速報を放送する 学生テレビ局に属していたのですが 医師の診察が長引き 「すみません、6 時のニュース担当なので 帰らなくては」と言うと 「すみません、6 時のニュース担当なので 帰らなくては」と言うと カルテにこう書かれたのです ”エレノアは自分がテレビの ニュースキャスターだという妄想がある” この時点で物事が急速に 一人歩きし始めたのです この時点で物事が急速に 一人歩きし始めたのです 入院を皮切りに 統合失調症とまず診断され 次第に 自分と自分の将来に対し 絶望と屈辱感に蝕まれるようになりました 絶望と屈辱感に蝕まれるようになりました ”声”を経験としてでなく 症状と見るように言われた事で ”声”を経験としてでなく 症状と見るように言われた事で ”声”に対する 恐怖と抵抗が強まりました これは私は自分の脳に向かって 心理的内戦の様な 攻撃的スタンスを取るようなもので 心理的内戦の様な 攻撃的スタンスを取るようなもので その結果 ”声”の頻度は増え 次第に敵意のある威嚇的なものに なって行ったのです なすすべもなく 私は悪夢の様な自分の世界に 閉じこもる様になりました そこでは”声”は 私の批判者となりながらも 唯一の友となったのです ”声”は 私が助けるに値すると 証明出来るなら 私を助け 元の私に戻しやると言い 私を助け 元の私に戻しやると言い ヘラクレスの功業のような おかしな事を命ずるようになりました 初めは全く些細な事で 髪の毛を3本抜くという程度でしたが 次第にエスカレートし 自分を傷つけるように 命ずるようになったのです こんな ひどい命令もありました 「向こうに教師が見えるか 水が入ったコップが見えるだろう 生徒達の前で彼の頭にその水をかけろ」 それに従った結果 勿論 教師達に疎まれました それに従った結果 勿論 教師達に疎まれました このようにして 恐怖と回避 不信と誤解の 悪循環が出来上がったのです この戦いに私は無力でした どんな平和も和解も あり得なかったのです 2年後 状態は劇的に悪化し 常時 様々な症状に 悩まされるようになりました 恐ろしい声 グロテスクなビジョン 奇妙な制御不能な妄想 私の精神状態は 差別や言語虐待 肉体的・性的虐待の原因になり 差別や言語虐待 肉体的・性的虐待の原因になり 精神科医がこう言いました 「癌の方がまだましだね 統合失調症より 癌の方が治療が簡単だから」 私は診断され 薬漬けにされ 見捨てられ ”声”に苦しめられ 頭に穴をあけて ”声”を取り出そうとさえしました 当時の崩れた自分と 絶望状態を振り返ると そこで 1人の人間が死に それでいて もう1人の人間が 救われた様な気がします 傷つき怯えた人間が旅を始め その試練を生き残り 自分に課された人生を 生きていくようになるのです 私を傷つけた人々の事は忘れません 私を傷つけた人々の事は忘れません しかし私を助けてくれた人々と比べると 記憶は色あせ 薄れていきます 一緒に生き抜いた”声”が聞こえる仲間 共に戦う同胞や協力者 いつか自分の娘が戻るのを信じ どんなに時間がかかろうとも 決して諦めず 待ってくれた私の母 短期間でも 私の問題に取り組んでくれた医者 回復は可能だというだけでなく 必ず回復するという信念を持った医師は ひどい再発が起きた時 恐怖におののいた家族に言いました 「諦めないで下さい エレノアは乗り越えられます 5月末に雪が降る事もあるけど それでも夏は必ずくるんですから」と この14分では短すぎて 私の為に一緒に戦ってくれた人たちの 功績を全て述べることはできません 皆 私が苦悩の孤独な世界から 戻ってくるのを待ち 受け入れてくれました 皆 私が苦悩の孤独な世界から 戻ってくるのを待ち 受け入れてくれました その人達は勇気 創造性 信頼 そして粉々になった私が 健康になるという 揺るぎない信念を 集結させていました これらの人々が 私を救ったと言いましたが それよりもっと大切なことは 私が自分で自分を救う力を 与えてくれたのです 私が自分で自分を救う力を 与えてくれたのです そしてきわめて重要な事は 私の疑惑を明らかにしてくれたのです ”声”は私の人生のトラウマ 特に子供時代のものに 対する有益な反応だったのです それ自体は敵ではなく 感情的な問題を解く鍵となりました 当初はそう思えませんでした ”声”は敵意に満ちていたからです ですから重要な第一歩は ”声”の意味することを 言葉どおりにとらず 理解することでした 例えば”声”が「家を攻撃する」と脅迫したら 今は 実際に危険ではなく 社会に対する自分の恐怖や不安だと 理解する様になりました 昔だったら”声”を信じていたことでしょう 例えば こういう事がありました ある夜 両親の寝室の前で 両親を”声”の脅威から守るため 座りこんでいました 私が自分を傷つけないよう 家中の刃物はほとんど隠されていたので ピクニック用の プラスチックフォークを握りしめ ピクニック用の プラスチックフォークを握りしめ 何かが起きれば すぐ行動に 移れるよう構えていました 「私に手を出そうとでもするなら プラスチック フォークを 持っているんだからね」とでも言いたげに 良い戦略法ですね 後で学んだ対処法の方が はるかに役に立つのです ”声”の言葉の裏にある意味を分析して ”声”が家から出ない様にと 警告するなら 自分の不安に気付かせてくれた”声”に感謝し 自分の不安に気付かせてくれた”声”に感謝し それを基に何かポジティブな対処をし そして自分と”声”を大丈夫だと 安心させることが出来るからです 私は”声”に境界を設定し 私達がお互いにサポートし合う様に ゆっくりとコミュニケーションと 協調の過程を定着させ 自己確立と相互理解で 相互関係を結んで行ける ようになりました これを通して最終的に解った事は 私と親密に関係している ”声”の1つ1つは 私の性的トラウマ 虐待 怒り 恥 罪悪感 自信のなさなどの 対処し切れなかった 行き場のない感情を 抱えていたのです ”声”はこれらの痛みを受けいれ それを言葉にしたのです 私の悟った おそらく一番大切なものは 最も敵意のある 攻撃的な”声”こそ 実は一番ひどく傷ついている 私の部分を表現していて 実は一番ひどく傷ついている 私の部分を表現していて これらの声こそ思いやりやケアを 最も必要としているという事でした これを理解することで あらゆる声で表される 粉々になった自分を一つにし 次第に薬からも離れ 精神医学に逆方向から 戻る事になったのです ”声”が現れて10年経ち卒業しました 大学創立以来 初めて授与された 心理学科最高学位を取得し その翌年には トップレベルの修士号を取得しました 頭のおかしい女性としては 悪くないですね 実は”声”の一つが試験中に 答えを言ってくれたので 厳密に言うとたぶんカンニングかも (笑) 正直なところ 私は”声”に注目され 嬉しい時もありました オスカー ・ ワイルドは こう言いました 「噂される事より悪い事は 噂されない事である」 同時に2つの会話を聞けるので 盗み聞きが上手でもあるんですね だから悪い事ばかりでもないんです 私はヘルスケアの分野で働き 講演を引き受けたり 学術論文や研究論文も出版しました 私がこれからも皆を説得していきたいのは 次のような考えの重要性です 精神医学での重要な質問は ”その人の何がおかしいか” でなく ”何がその人に起きたか” であるべきです ずっと私は”声”を聞いてきましたが やっと”声”と 共存して行ける様になりました ”声”も私を思いやり 受け入れ 私の立場を 尊重するようになってきています 自分の”声”に怯えている若い女性を サポートした時 胸が一杯になったのを覚えています その時初めて 自分はもうこの様に感じることなく 昔の私の様に苦しむ誰かを 助ける事が出来るのだと 気がついたのです 私は「インターボイス」の一員である事を 非常に誇りに思います 「国際ヒアリング・ヴォイシズ運動」 の組織団体で マウリス・ローム教授と サンドラ・エッシャー博士の仕事に触発されて 始められた新しい取り組みです それは幻聴を 総合失調症のおかしな症状でなく 異常な状況下で生きる為の 正常な反応と位置づけ 探索すべき複雑で重要かつ 有意義な経験だとしています 私達は”声”が聞こえる人達を理解し尊重し そういう人たちのニーズに対応でき そういう人たちを完全な市民として 受け入れる社会を目指しています そんな社会は夢ではなく 既に築かれつつあります チャベスの言葉を言い換ると 社会がいったん変わり始めたら それが逆戻りする事はありません 誇りを感じる人に 屈辱を与えることはできません もやは恐れない人を 圧する事は出来ません 「ヒアリング・ヴォイシズ運動」の功績は 私にとっては言葉以上の 友情 正義 敬意を思い出させます それは確信であり信念です 信念は世界を変えることができます 過去20年間「ヒアリング・ヴォイシズ運動」は 5つの大陸の26ヶ国で ヒアリング・ヴォイシズ・ネットワークを確立しました 尊厳と連帯を促進し 精神的苦悩を強いられている人の 能力を高めるため共に取り組んでいます 新しい希望や治療法で 精神的な病を持った人々の 力となっているのです ピーター・レバイン氏曰く 人間という動物はユニークな生き物です ピーター・レバイン氏曰く 人間という動物はユニークな生き物です 本能的な治癒能力と この生来の能力を活用する 知性に恵まれています 社会のメンバーとして 回復の希望を持ち 苦しみを共有し 証人となり 手を差し伸べ 人の回復過程の助けとなる程の 光栄と特権はありません 苦痛と逆境を生き抜いた人々へ一言 私たちに与えられたダメージで 一生が決められるのではないのです 私たちは唯一の掛替えのない存在です 私たちの中にある物は決して 侵される事はありません ゆがめられる事も 盗まれる事もないのです 希望は決して失われる事はありません ある素晴らしい医師が 私にこういった事があります 「他人の意見でなく あなたの言葉であなたを語って下さい」 ありがとうございました (拍手)