スタンリー・マクリスタル
3,165,945 views • 15:38

10年前のある火曜日の朝 ノースカロライナ州の フォートブラッグで パラシュート訓練を行っていました 空挺部隊員になって以来 それまで27年間 何度も繰り返し行なってきた 降下訓練です 朝早く飛行場に行きます 陸軍の行動は 常に早いですからね いつものように 訓練の復習をしたのち 仲間に手伝ってもらいながら T10パラシュートを装着します ストラップの装着には とても慎重になりますが 両足の間に挟む 脚部ストラップは特にです そして予備のパラシュートを背負い 重いリュックサックも背負い込むと 降下指揮官が来ます パラシュート操作に長けた 下士官です 私たちの装備の確認をしたら 調整ストラップを握って あらゆる部位を ギュッと締め上げます なので胸部は苦しいし 両肩もかなり圧迫されます 苦しくて声が2オクターブほど 高くなります (笑) その後は 座って しばらく待機です それが陸軍ですから そして航空機に荷物を積み 私たちも乗り込みます 各自が並んでこんな風に ドシドシと航空機に乗り込み 左右にあるキャンバス布の シートに座ったら またしばらく待機です 空軍が陸軍に「待て」を 教えてるんです (笑)

そして離陸です その時点で締め付けがもう 充分辛いので ― わざとこういう流れに してるんだと思いますが 辛くて早く飛び降りたくなります (笑) 本当は飛び降りたくない でも早く終わらせたい そういうわけで航空機に乗って しばらく飛行します 降下地点まで20分の所で 降下指揮官が 「20分前」と警告します 我々は座ったまま 「そうか」と その後また 「10分前」と言われます この時間を使って 気持ちを高め 恐怖心を克服します そして「準備しろ」と指示された後 「外側の隊員 起立」との号令で 外側にいる隊員が立ち上がり 次に内側にいる隊員が 立ち上がります そしてパラシュートを展開させる コードをひっかけます その時点で頭をよぎるのは 「さぁ どうしよう 俺はこれから飛び降りる事になる もう逃げられないな」という思いです 更にいくつかのチェックを受けた後に ドアが開きます

この日は9月の火曜日の朝 外は晴天で 気持ちの良い空気が 流れ込みます 降下指揮官士が ドアのチェックをして 飛び降りる時間になったら 緑のランプが点灯し ゴーサインが出ます 最初の一人が飛び出して 私は列に並びながら ドシドシと ドアに近づいていきます ジャンプって言うより落下ですね ドアから落下して 飛行機の後の 空気の渦に入り込みます そこではまず 体をしっかり固めて あごを引いて 腕を前に伸ばして 予備のパラシュートをかかえます これは当時から27年前に 空挺部隊の軍曹に 教わった方法なんです 意味があるのかは 分からないんですが このポーズは理にかなっているように 思えたし 彼は間違いかも という仮説を 我が身で確かめる気はありません (笑) そしてパラシュートが開く時の 衝撃を待ちます もし衝撃がなかったとしたら パラシュートが開かなかったということで 全く新たな問題の浮上です でも通常は衝撃があり パラシュートが開きます もし脚部ストラップが 正しくセットされていなかったら そこでも別のスリルが味わえます ズンッ!

そして周りを見渡し 開いたパラシュートの下で 「よし」と一人つぶやき いよいよ避けて通れない ある事への準備をします 地面に落ちる準備です 猶予は殆どありません どこに降りるかも あまり選べません なぜなら自分でコントロール してるように見えても 実際は流されて 落ちるだけなのですから そこで着地する場所の 周りを見渡しながら 準備をします そして地上に近づいたら リュックサックを体の下に移動します 荷物に潰されないためです そして着地の準備をします 陸軍の教えによれば ここで 気を配るポイントが5つあります それが足の爪先 ふくらはぎ 太腿 臀部 胸筋で 体をひねり 回転させながらの 華麗な着地となります そうすれば痛みはありません 私は30数年 一度も 上手くできませんでしたが (笑) いつも3階から落とされた スイカみたいな着地でした

(笑)

そして着地してすぐに 私がする事は身体のどこかを 痛めてないかの確認でした そして首を左右に振り 永遠の問い掛けを 自分にするのです 「何で銀行勤めにしなかったんだろう?」と (笑) そして周りを見渡すと 他の空挺部隊員 若い男性や女性が M4カービン銃を取り出して 落ちた装備品を 拾いあげています 彼らは私たちが教えた通りに 何でも実行します そこで気が付いたのです 戦闘になれば 彼らは — 私たちの教えを実行し 指揮官に従うということを 彼らが戦闘から無事戻れたなら 我々の指示は適切だった ということです そこで私は自らの役割の重大さを 再確認しました

さてその火曜日の朝は それまでの降下訓練とは 違っていました 2001年9月11日だったのです 飛行場から離陸した時には 平和だったアメリカが 降下地域に着いた時には 全てが様変わりしていたのです そこで思ったのは それまで単に仮想的なものだった あの兵士達にとっての戦場が 極めて現実的なものになった ということです そこでリーダーシップの 重要性を実感しました しかし色々な事が 変わっていました 当時の私は46歳の准将で それまで順調に やってきていましたが たくさんのことが変わりすぎて 私自身も大きく変わらなければ いけないということが その日の朝には 分かっていませんでした

私はいわゆる 王道的リーダーシップ教育を受けてきました ゲティスバーグの戦いでのリー将軍や ジョン・ビュフォードの話を聞かされました またその一方で 身近にリーダーシップ例を見て 育ったというのもあります これはベトナム戦争での 私の父の写真です 私が教えられてきた信念は 兵士とは強く 賢く 勇敢で 誠実であるということです 彼らは嘘をつかず 誤魔化さず 盗まず 仲間を見捨てません 私は今でも真のリーダーは そういうものだと考えています しかしそれまでの 25年のキャリアで 私はその信念とは異なる 様々な経験をしました

最初の方についた 大隊指揮官の下では 18ヶ月間勤めたのですが 当時中尉だった私と 大隊指揮官との唯一の会話は 40キロ行進における 29キロ地点で 40秒程怒鳴られたというだけで これを会話と言っていいのかも 分かりません それから数年後 私が中隊指揮官だった時には ナショナル・トレーニング・センターに出向き 軍事訓練を行いました 早朝攻撃訓練です まあいわゆる典型的な早朝攻撃で 一晩中準備をして 攻撃開始線に移動するものです 私の部隊は武装していましたが 前進したとたん 全滅させられました 本当にあっという間に 壊滅状態です 敵軍は汗ひとつかいてません そして戦闘後には 移動式シアターを使い「演習後レビュー」 と呼ばれるものが行われ どこに間違っていたかを 指摘されるのです いわば辱めによるリーダーシップです 大きなスクリーン上で 訓練全体を見直しながら 「そこで君はこうしなかった それにこれをしなかった 等」 出てくる時にはもう — これ以上ないくらい 落ち込んでいました そして失望させてしまった 大隊指揮官に会いに行きます 彼に詫びるために行ったのですが 「スタンリー 君は上手くやったと思うよ」 彼はたった一言で 私を元気付け やる気を出させてくれました 部下の失敗を許す一方で その部下自身を失敗としては扱わない というリーダー像を示してくれたのです

9・11テロが起きたとき 46歳の准将だった私にとって 世界は全く新しいものになりました 当たり前だったこと 慣れ親しんでいたことが変わりました 環境が変わり あらゆることの スピード 精細さ 感度が変わり あまりにも速くなって 時にはあまりに進化が早すぎて 見直す時間も とれないこともあります しかし私たちのすることは全てが それぞれ違った状況に 置かれています 更に重要なことに 私が率いた軍隊は 当時20ヵ国以上に 拡がっていました この状態では 主要なリーダー達を 一つの部屋に集め顔を合わせて 共に意思決定を行い 一人ひとりの目を見て 士気を高め 信頼を得るという方法は 使えません この時は世界各地に 分散している軍隊を 違うテクニックで 指揮しなければなりませんでした それはビデオ通話やチャット Eメールに電話 使えるものは全て 活用しなければなりません これはコミュニケーションの 為だけではなく リーダーシップを発揮する という意味でもです 私と何千キロも離れた場所で 単独で任務を行っている 22歳の一個人が自信を持って 私と連携を 取らなければならないのです 私は彼らを信じなければならないし その逆もしかりです また彼らの信念を 育てる必要もあります 私にとっては新しいタイプの リーダーシップです

あるとき とある軍事行動で 各地の隊員と連携を 取らなければなりませんでした 新しいチャンスが来たのです 全員を集める時間はありません 複雑な情報を 集める必要があったので 実行力が問われました 一筋縄ではいきません 私たちは軍の上部にかけあって 自分たちが正しいことを しようとしているのだと 説得する必要がありました そしてこれをすべて 電子メディアのみで 行わなければなりませんでした 結果は失敗です 任務は上手く行きませんでした この時点で私たちがすべきことは 部隊に働きかけて 信頼を再構築すること そして隊員に再び 自信を持たせることでした 私から各隊員 各隊員から私に対する信頼 上官と我々の間の信頼を取り戻し 一体になるということです 全員 肩に触れ合えるような距離には いないわけです これは今までにない課題でした

また隊員達も 今までとは違っていました 皆さんはおそらく 私が率いた部隊の要員を でかい拳で いかつい兵器を 持ち歩いている 冷酷な目をした軍人だと 想像しているかもしれませんが 実際のところ 私が率いたのは まさに皆さんと 同じような人たちでした 老若男女 軍隊だけではなく 様々な組織から派遣されてきて 握手の挨拶から始まる といった人たちです なので一方的に 指示を出すのではなく 意見の一致を図り 共通の目的を認識する という方法をとります もっとも大きな変化と 言えるのは おそらく 世代間の違いを 認識することだったでしょう 部隊の年齢層があまりにも 変わっていたからです アフガニスタンでのある作戦で レンジャー部隊と 行動をともにしていたんですが この作戦中に 小隊の軍曹が 片腕のおよそ半分を失いました これは彼の部隊の目の前に落ちた タリバン兵による手榴弾を 敵兵に投げ返そうとした時のことでした 作戦について話し合っていて 最後に このような部隊にはいつも聞く ある質問をしました 「9.11事件の日 君たちはどこにいたのかな?」と 後方にいたある若い隊員は アフガニスタンで 吹き荒れる冷たい風で 髪を乱し 顔を赤くさせながら こう答えました 「自分は当時小学校6年生でした」と そこで再認識するのは 私たちが率いる軍隊には 目的や意識の共有が 必要ですが 彼と私の経験はあまりに違い 多くの場合 使う言葉も異なるし デジタル・メディアの扱いについては 私や他の多くの年配指揮官とは まったく違った種類のスキルを 備えているということです それでも 私たちは感覚を 共有する必要があるのです

これはある効果をも生み出します 私が専門性の逆転 とでも呼ぶものです どういうことかというと 末端では テクノロジーや戦術等 時代に伴い非常に多くの 変化が起きてきました 気がつくと私たちが 今まで慣れ親しんできた事が 今の軍隊では行われなく なったりしています そんな中 リーダーはどのようにすれば 信頼性や正当性を保てるのか 自分たちがしたことの ないことを している人々を どう指揮したらいいのか? これはリーダーシップにおける 新たな課題です このことで私は必要にかられ 今まで以上に心を開き 今まで以上に耳を傾け 今まで以上に部下から 学ぶようになりました しかも同じ場所に居ずにして やらなければならないのです それから他にも一つ 自分や自分の下のリーダーにも 影響があります 衝撃を受けますし 蓄積されていきます 毎回リセットや充電が できるものではありません

イラクでのとある夜 私は高官と一緒に スクリーンの前に立ち ある部隊が行った 銃撃戦を見ていました その時 私の部隊に 彼の息子がいることを思い出しました 「ジョン 君の息子はどこで 何をしているんだ?」と尋ねると 「ありがとうございます 息子は元気です」と答え 「今はどこにいるんだ」と聞くと スクリーンを指差し 「その銃撃戦に加わっています」と答えたのです 想像してみて下さい  自分の兄弟 父親 娘 息子 妻が 今現在 銃撃戦をしているのを 見ているだけで 自分では何もできないのです そんな状況にいることを 想像してみてください これはリーダーにとって 積み重なる新たな重責です

私たちはお互いに気を配り 助け合わなければなりません 私が最も学んだことは たぶん人間関係でしょう 人間関係こそが 部隊を一つにまとめる 柱だと言う事を学んだのです 私はキャリアのほとんどを レンジャー部隊で過ごしました レンジャー部隊では毎朝 2000人を超える全隊員が 6節からなる レンジャーの信条を唱えます ご存知かもしれませんが その一つが 「私は絶対に 倒れた仲間を見捨てません 敵の手中に落ちることを許しません」というものです ただ唱えるだけのお経でも 詩でもありません 誓いなのです 全レンジャー隊員が 他の隊員に誓うのです 例え何が起きようと どんな犠牲を払おうと 必要とされるなら 私はあなたの許に向かいます と そして全レンジャー隊員が 他の隊員から 同じ誓いを受けるのです 考えてみてください これは物凄く力強いものです おそらく結婚の誓いよりも 力強いでしょう みんなが実際に誓いを実行し それが特別な力を与えているのです 軍隊で人を結びつけている 組織的な人間関係というのは 本当に驚くべきものです

そして個々の人間関係が これまで以上に 大切であることも学びました 2007年のアフガニスタンで 難しい任務にあたっていた時 私の古くからの友人がいるのですが 彼は私のキャリアの様々な時点で 何年も一緒に過ごした人で 彼の子供の一人は 私が名付けもしました その彼がメモを送ってくれました ただ封筒に入っただけのものです 「シャーマンからグラントへの手紙」 からの引用文で 「私が窮地に陥った時 君は 生きていればきっと助けに来てくれると 確信していました」と 書かれていたのです 私にとって このような 人間関係を持っていることが これまでのキャリアの様々な地点で 鍵となってきたんです

そして こういった環境では そういった信頼が 必要不可欠だと学びました 困難な状況だからです これが私の人生の旅です この旅が まだ続くことを 祈っています 今ではこう思うようになりました 優れたリーダーが優れているのは 正しいからではなく 進んで学び 信頼することによってなのだと これは簡単な事ではありません 電動腹筋マシーンみたいに 月に15分で 割れた腹筋が 手に入るわけではありません (笑) それに必ずしも フェアではありません 打ちのめされることも あるでしょう そういう時は苦しいです 心に傷が残ることもあります しかし もしあなたがリーダーなら あなたが頼りにしている人たちが 助けてくれるでしょう そして もしあなたがリーダーなら 自分を必要とする人達の為に 踏ん張らなければなりません

ありがとうございました

(拍手)