セバスチャン・サルガド

「写真が見せるサイレントドラマ」

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Translated by Mari Arimitsu
Reviewed by Kazunori Akashi
0:12

ここに いらっしゃる皆さんは 私の写真をご存知でしょうか まずは何枚か ご覧ください その後 お話しさせていただきます 私の生い立ちについて 少しお話しします 今日の ここでの講演に 関係するからです 私は1944年に ブラジルで生まれました 当時 ブラジルは まだ市場経済ではありませんでした 私は 農家に生まれました 農園の5割以上が まだ熱帯雨林でした 実に素晴らしい土地です 素晴らしい鳥や動物達に 囲まれて暮らし ― カイマン(ワニ)と一緒に 小さい川を泳いだりしました 私達の農園には 35世帯ほどが暮らしていました 農園でとれた物は 全て自分達で食べ 市場に出荷するものは ほんのわずかでした 出荷するのは年に一度 ― 私達が育てた肉牛だけでした 何千頭もの牛達を引き連れ 45日もかけて 食肉処理場まで行きました そして20日かけて 農場に戻ってくるのです 私が15歳のとき そこを離れて 町に出ることになりました 少し・・・いや ずっと大きな町です 後期中等教育を受けるためです そこでは これまでと違うことを学びました ブラジルでは都市化と産業化が 始まっていました 政治に興味があったので 少し急進的になりました 左派政党の党員を経て その後 活動家になりました 経済学者になるために 大学に進学し 経済学の修士号を取得しました また 私の人生において 最も重要なことも この時期に起こりました 素晴らしい女性と出会ったのです 生涯に渡る親友になって 私がしてきたことには 何でも協力してくれた ― 妻のレリア・ワニック・サルガドです ブラジルは政治面で急進的になり 私達は独裁政治に果敢に戦いました そのうち私達は 武器を手にゲリラになるか 祖国を去るかを選ぶ必要に迫られました 私達はまだ若かったし 所属していた組織は 私達が国を出た方が良いと考えたため フランスへ行って 私は経済学の博士号を取り ― フランスへ行って 私は経済学の博士号を取り ― レリアは建築家になりました 私は その後 投資銀行で働きました 世界銀行がアフリカで行った 開発向け資金援助の ― 経済プロジェクトに携わり たくさん旅をしました そんな時 完全に写真の虜になり 私は写真家になりました 全てを投げ出して 写真を撮り始めました これは私にとって重要なことでした 多くの人が私のことを 報道写真家とか 人類学の写真家とか 活動家でもある写真家と呼びますが 私はそれ以上のことをやりました 写真を我が人生と考えています 長期的なプロジェクトを通して 私は完全に写真の中に生きています ここで数枚の写真を見ていただきます 私が携わった社会プロジェクトの 様子がわかると思います これらの写真については 多くの本を出版しました でも 今は少しだけ お見せします 1994年から2000年にかけて 『大移動(Migrations)』の 物語を写真に撮り 写真集と展覧会になりました でも この写真を撮影しているとき 人生で とても辛い時期を 主にルワンダで過ごしていました ルワンダでは最悪の 残虐行為を目にしました 毎日 数千人が死ぬのを目の当たりにし 人類への信頼を失いました 人類はもう存続できないと思いました それから私は自らの ブドウ球菌に冒され始めました いたる所が感染しました 妻と愛し合った時には 精液の代わりに― 血が流れました パリにいる友人の医者のところに行き すっかり病気になってしまったと言いました 長い検査の後 こう言われました 「セバスチャン 君は病気じゃない 前立腺も完ぺきだ ― でも死を見過ぎたせいで 君自身が死につつあるんだ ― もうやめたまえ ― さもないと本当に死んでしまうよ」 それでやめることを決断したのです 私は写真にも 世界のあらゆるものにも 本当に腹を立てていました そこで生まれ故郷に帰る決意をしました その頃はちょうど 両親が高齢になった 時期と重なっていました 私には7人の姉妹がいて 男性は私だけです だからレリアと私が家族の土地を 継ぐことになりました 譲り受けた時 土地は 私同様 死につつありました 私が子供だった頃は 半分以上が熱帯雨林でしたが 土地を受け継いだ時は 熱帯雨林は0.5%にも 満たなかったのです 周辺はどこも同じ状況でした ブラジルでは開発の結果 ― 多くの森林が破壊されました ここアメリカでも インドでも ― 地上のいたる所で破壊が行われました 発展のために 身の周りの環境を壊すという 大きな矛盾が生まれました かつて農園には数千頭の 牛がいましたが わずか数百頭になっていて どう対処したらいいか 途方に暮れました そんな時 レリアが素晴らしい クレイジーなアイデアを思いつきました 彼女は言いました 「熱帯雨林を復活させたら? あなたの生まれ故郷の パラダイスを もう一度作りましょう」 そこで森林工学に詳しい 親しい友人に会って プロジェクトの準備を始めました それから植樹を始めました 1年目は大量に枯れましたが 翌年は枯れる本数が減り 死に絶えた土地が ゆっくり再生を始めました 私達は何十万本もの 木々を植え始めました ただし土着の種だけに限定して 破壊された生態系を蘇らせました すると生命が驚くべき形で 再生し始めました 私達は この土地を 国立公園にする必要がありました 私達は この土地を 国立公園にする必要がありました 土地を改良して 自然の状態に戻し 国立公園になりました Instituto Terra という団体を設立して 資金を集めるため大規模な 環境プロジェクトを始めました ここロスやサンフランシスコの ベイ・エリアでも活動しています 米国では税金控除の対象です これまで スペインやイタリア ブラジルでも多くの資金を集めました ブラジルでは資金を投入してくれる ― 多くの企業や行政と活動しています 人生が輝き始め もう一度 写真を撮りたいという 大きな夢に立ち返りました でも 今回撮ろうとしたのは 生涯を通じて撮影してきた 我々人間ではありません 他の生き物や風景 ― 他の生き物や風景 ― そして人間の中でも 自然と共存していた頃の 原初の姿でした 2004年の初頭から始めて 2011年に終了しました 膨大な数の写真が生まれ レリアが本と展覧会のデザインを 全て手がけました 彼女は言わば創造主です こうした写真の狙いは 地球上に原初の姿のまま残っているものや 人類が生き残り 自然と調和した生活を送るために ― 地球上に残すべきものについて 議論を起こすことでした また人間が石器を使うところを 見たかったのです そう そんな光景がまだ存在します 先週ブラジル国立先住民保護財団に 行ったのですが アマゾン川流域だけで 隔絶した生活を送る ― 約110の先住民の集団がいます だから私達は 森を守らねばなりません そして 私の写真によって 知識体系を作りたいのです 私達は地球を新しい視点から 見せようとしてきました ここでプロジェクトの写真を 何枚かご覧ください (拍手) どうもありがとう 今ご覧いただいたようなものを守るため 私達は全力で戦わなければいけません でも他にも一丸となって 再生すべきものがあります 社会や その中に生きる 現代家族を築くことです 私達は もう後戻りできません 一方で大きな矛盾を生んでいます 今あるものを築くため 多くを破壊しています ブラジルにある私達の森は カリフォルニア州ほどの広さの原始林ですが その93%が破壊されています ここ西海岸でも森が破壊されていますね? この辺のアメリカスギは消滅しました あっという間に消えてしまいました 2日前アトランタを経由して ここに来たとき 砂漠の上を飛行しました この砂漠は 私達自身が 生み出したものです インドにはもう木々がありません スペインも同様です 私達は森を再生しなければいけません 私達の命の源は森です 私達は呼吸しなければなりませんが 二酸化炭素を酸素に変えられるのは 森だけなのです 森だけが二酸化炭素を 吸収できるのです 私達は常に二酸化炭素を出しています いくら排出量を減らしても 私達が活動するたびに 必ず排出されるのです 3~4週間前 思いついたことがあります ノルウェーで数百万匹の魚が 死んだという記事を読んだ時です ノルウェーで数百万匹の魚が 死んだという記事を読んだ時です 水中の酸素が不足したことが死因でした それでこんなことを考えたのです 人間を含む全ての生き物が 酸素不足になることがないから 事態が見えにくいのではないか 水システムにおいても 木々は重要です 分かりやすくなるように ちょっとした例をあげましょう 皆さんのように髪の毛が たくさんあるハッピーな方は シャワーを浴びた後 ドライヤーを使わなければ 髪が乾くのに 2~3時間かかります ところが私の場合は1分で乾きます 木々は いわば地上の髪の毛です 木々が無い場所に雨が降れば 雨水は数分で河川に流れ込み 土壌を流し 水源を破壊し ― 河川を壊して 水分は保たれません ところが木々があれば 根が水を留め 落ち葉や枝が 湿度の高い場所を作り 数か月かかって 地下水に下りて川に届きます こんな風に 私達の源である 川が維持されます 最も大切なことは― あらゆる活動において 水が必要だと理解することです それでは最後に 何枚か写真をお見せします 未来にとって大切なものです 先ほどお話したように 両親から私のパラダイスだった 農園を譲り受けた時 ― 土地は完全に破壊され 浸食がすすみ 乾燥していました でも写真でわかる通り ― 私達はこの時 教育センターの 建設を始めていました これはブラジル有数の大きな 環境センターになりました 点のように見える部分が たくさんあるのが見えるでしょう 私達が木を植えた場所です 数千もの木々を植えました 全く同じ場所で 今から2か月前に撮った ― 写真をご覧ください (拍手) 冒頭でお話ししましたが 私達は 生態系を再生するために 約200種からなるー 250万の木々を植えなければなりませんでした 最後の写真を ご覧いただきます この土地で 200万の木々を育てました この木々のおかげで 約10万トンの二酸化炭素を隔離しています 皆さん これは本当に簡単なことです 私達だって できたんです 自分に降りかかった災難をきっかけに 母国に戻って 生態系を再生させました ここにお越しの皆さんも 同じ不安を抱えているでしょう 私達がブラジルで創ったモデルは ここでも使えるものです 世界中で応用できますよね? 皆さんと一緒に このモデルを広められるはずです どうもありがとうございました (拍手)

経済学の博士号をもつセバスチャン・サルガドは、30代で写真を撮り始めて以来その虜になりました。彼は何年にもおよぶプロジェクトを通して、人間に焦点を当てて地球規模の物語を美しく描写し、その多くに死・破壊・腐敗といったテーマを取り入れています。ここでは、写真を撮る事で死の恐怖に追い込まれた極めて個人的な話や、地上で忘れ去られた人々や景観を撮影した最新作『Sebastião Salgado.Genesis』に収録された美しい写真をご覧いただきます。

About the speaker
Sebastião Salgado · Photojournalist

Sebastião Salgado captures the dignity of the dispossessed through large-scale, long-term projects.

Sebastião Salgado captures the dignity of the dispossessed through large-scale, long-term projects.