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Translated by Emi Kamiya
Reviewed by Yumi Wagatsuma

0:12 私は とても運の良いことに 初めての仕事が ニューヨーク近代美術館での 画家エリザベス・マーレイ回顧展でした マーレイから多くのことを学びました 学芸員のロバート・ストアが マーレイの生涯にわたる 全作品の中から 展示作品を選んだ後 私は1970年代の作品に 釘付けになっていました そのモチーフや要素のいくつかは 彼女の人生において 後々また現れてくるものでした 彼女に 当時の作品を どう思うか 尋ねたのを覚えています 知らない人が見たら 彼女のものとは 思えないような作品です 彼女は言いました 「自分の望む作品の基準に 達していないものが2、3ある」 実際 そのうちの一作は 彼女の基準をはるかに下回り アトリエのゴミ置き場に 出しておいたのですが 作品に価値を認めた近所の人が 拾ったものでした

1:03 それを聞いた瞬間 私の成功や創造性についての 考え方が変わりました 成功とはある瞬間のことですが 私たちが称賛するのは決まって 創造性と熟達なのだと気づきました では成功を熟達へと変換するのに 必要なのは何でしょう これは私が長い間 自分に問いかけている疑問です それは私たちが 「あと一歩」という贈り物を 尊重するところから 始まるのではないでしょうか

1:32 私がこれを理解し始めたのは ある5月の寒い日 アーチェリーの 代表チームを見に行った時のことです 何の因果か 全員女子選手で 場所はマンハッタンの最北端 コロンビア大学のベイカー競技場でした 私が見たかったのは 射手のパラドックスと呼ばれる― 実際に的に当てるためには 少し外して狙わなければならない という矛盾した考えです コーチがシルバーのワゴン車に 乗せて来た選手たちが 落ち着きつつも 集中した様子で出て行くのを じっと見ていました ある選手は 片手に食べかけのアイスクリーム 左手には黄色い羽のついた 矢を持っていました 選手たちは私の前を通る時は にこやかで しかし私を品定めして 射場へ向かいました 選手同士は言葉ではなく 角度らしき数字や姿勢を使って どうやって的中させるつもりか 話し合っていました どうやって的中させるつもりか 話し合っていました コーチが選手の様子を見ながら 誰に助けが必要か見極める中 私はその後ろに立って ある選手を見ていました 私には10点を狙おうすること自体 理解ができませんでした 75ヤード(70m)離れて狙う 10点の得点帯は 腕をいっぱいに伸ばした先の マッチ棒の頭ほどの小ささです さらにそれを 撃つごとに50ポンド(23kg)の 負荷がかかる弓を持って 狙うわけです 彼女は最初に7点 続いて9点に的中しました そのあと10点を2つ 次の矢は 的から外れました 外したことで さらに粘り強さを発揮し 彼女はその後 何度も行射を続けました そんなことが3時間も続きました 練習後 ある選手は 疲れ切って地面に寝転がり 大の字になって 空を仰ぎ T.S.エリオットなら 『回る世界の静止点』とでも 呼んだであろう― 何かを探していました

3:21 使命に関わることが ほぼなくなってしまった 現代のアメリカ文化において これほどまでに厳格な根気強さを 目の当たりにすることは 大変まれです 3時間 矢を的中させるために 姿勢を調整し 人知れず ある種の卓越性を 追い求めるのです しかし私はじっとしていました 自分は今 めったにお目にかかれない― 成功と熟達の違いを 目撃しているのだと思ったからです

3:49 成功とは10点を取ることですが 熟達とは それが何度でも 再現できなければ 無意味だと知ることです ただし熟達は卓越とも違います 成功とも違います そういう事象として目に見える ある瞬間のことや 世界が与え給うラベルのことでは ありません 熟達とはゴールするためではなく 追求を続けるために 身を削ることです そのために必要なのは もっと強く突き進むために必要なのは 「あと一歩」を尊重することです 他の人が 古典だ 傑作だと 決め付けてしまった作品で 作者は それを まったくの未完成 問題や欠点だらけ 言い換えれば「あと一歩」だと 考えている なんて例は いくらでもあります 私にとって エリザベス・マーレイの 初期の作品についての告白は 意外でした 画家ポール・セザンヌは 自分の作品を不完全と考え いつかまた再開するつもりで 意図的に作品を脇へ置くことが よくありました その結果 生涯にわたり 彼がサインしたのは 作品中のわずか1割でした 彼はオノレ・ド・バルザックの小説 『知られざる傑作』が好きでしたが その主人公を自分自身のように 感じていました フランツ・カフカは 周りが作品を大絶賛する中 不完全に目を向けていました だから自分が死んだら 日記や原稿 手紙やスケッチに至るまで すべて燃やして欲しいと頼んでいました 友人はこの頼みを断りました そのおかげで私たちは今日 カフカの全作品が手に入るのです 『アメリカ』『審判』 そして『城』に至っては 未完も未完 文の途中で止まっています

5:33 熟達の追求とは 言い換えれば 限りなく前進を続ける「もう少し」です 「神よ私の望みが 自分の力の範囲を 超えてしまうことを許したまえ」 ミケランジェロの懇願は システィーナ礼拝堂の天井画の神に 向けられたかのようでした 指先を伸ばしても 神の手に届かない アダムのその姿は ミケランジェロ自身だったのでしょう

5:58 熟達は到達にあるのではなく その手を伸ばすところにあります 今の自分と なりたい自分との間にある 差を縮めようと 求め続けるところにあるのです 熟達とはキャリアのためではなく 自分の技術のために すべてを捧げることです 発明家や起業家には この現象を体験している人が 何人もいます 不屈の北極探検家― ベン・ソーンダースの人生にも 見受けられます 彼は自分の功績を 単なる偉業達成ではなく 「あと一歩」の積み重ねが 背中を押した結果だと言います

6:38 私たちは自分の限界と闘って 成長します デューク・エリントンには それがわかっていました 彼のレパートリーのうち お気に入りは 常に次回作 常に これから作る曲だと言っていました 「あと一歩」が 熟達に組み込まれているのは わかったつもりでいた事柄について 全然わかっていないということが 上達に伴って歴然となってくるためです これはダニング=クルーガー効果と 呼ばれます パリス・レビュー誌の取材で ジェイムズ・ボールドウィンは 「知識とともに 増えるものは何だと思うか」と問われ こう答えました 「自分がいかに無知か 思い知ること」

7:19 成功は私たちをやる気にさせますが 「あと一歩」は果てしない追求への 原動力に なり得ます その最も明らかな例の一つは オリンピック後の 銀メダリストと銅メダリストの 違いに現れています コーネル大学のトーマス・ギロビッチと 研究チームが この違いを研究し わかったのは 銅メダリストが メダルの獲れない4位を免れて 比較的満足することが多いのに対し 銀メダリストは不満を感じ その不満があるからこそ 次の大会を目標にするということです ギャンブルの業界は この「あと一歩」の現象に気づき この「あと一歩」の現象に気づき 「あと一歩」の確率が普通より高い インスタントくじを生み出しました 次々と買いたくなってしまうことから 心臓に悪いくじと呼ばれ 1970年代 イギリスのギャンブル業界で 一連の不正を招きました 「あと一歩」に駆り立てられる理由は それが私たちの物の見方を変え 普段なら遠くに置くようなゴールを 今いるところの すぐ傍に 持って来てしまうからです もし皆さんに 来週中の最高の日を描いてもらったら 皆さんは大雑把に説明するでしょう でも もし明日のTEDで起きる 最高の日を説明してもらったら 詳細で現実的に はっきりと説明するでしょう これが「あと一歩」の仕業です 間近に迫っているという感じがあるから 今こそ計画に本腰を入れよう という気が起きるのです ジャッキー・ジョイナー=カーシーは 1984年 七種競技において3分の1秒差で 金メダルを逃しましたが 彼女の夫は このことが次の大会で 彼女に必要な粘り強さをもたらすと 予言しました 1988年 彼女は七種競技で金メダルを獲り 7291点という記録を樹立しました 今日まで どの選手も 遠く及ばない得点です

9:14 私たちが成長するのは やり遂げた時ではなく 課題を残している時です 私はここに立ち 考えています 「あと一歩」の生み出し方は この会場の中だけでも 様々あるでしょう 皆さんの人生にどう影響するのでしょう というのも我々は 感覚的に知っていると思うのです 私たちは自分の限界と闘った時に 成長することを知っています だからこそ故意の未完成が 創世神話に組み込まれているのです ナバホの文化では 職人や女性が 織物や陶磁器に わざと不完全を入れました 「魂の道」と呼ばれる― 既存の型に わざと入れた欠陥です これは作り手に 逃げ道を与えると同時に 彼らが仕事を続ける理由にもなるのです 達人は名人と違い 作品を概念の果てにまで導きます 達人が達人である所以は 果てなどないと 知っているところにあります

10:11 そう考えていたら ふと理由がわかりました あのアーチェリーのコーチが 練習後 選手に聞こえないように 私に こう言った理由です 彼もコーチ仲間も チームのために 十分できていると感じたことはない 可視化技術が十分だと 思ったこともなければ 選手に付いて回る「あと一歩」を 克服させるための 姿勢の訓練も十分でない 不平を言っているわけではなく ただ私にそっと伝えようと 告白しているようでした それで私は彼が 留まるところを知らず 常に上昇を求める でこぼこ道に 自分のすべてを 捧げる覚悟なのだと 改めて思いました

10:48 私たちは過去の自分自身を含む 荒削りの考えを基に成り立っています これこそが熟練の力です 求めていたはずのものに 近づくことで 過去に夢見た以上のところへ 到達することがあるのです それこそが あのギャラリーで 初期の作品を見て 微笑んでいたエリザベス・マーレイの 思いだったのではないかと 想像せずにはいられません 仮に理想郷が出来上がったとしても そこには やはり不完全があるでしょう 完成はゴールですが それでジ・エンドとは思いたくないのです

11:28 ありがとうございました

11:31 (拍手)