プロンソドゥン・アウク
1,209,788 views • 10:38

「ロバム・クバッ・ボラーン」 クメール王朝の古典舞踊には 千年以上の歴史があります この舞踊は農業社会における 繁栄を意味する― 雨や豊穣を願って 祈りを捧げる動作から 生まれたものです 男性も女性も 踊り手たちは 天と地をつなぐ橋である 寺院に捧げられました 躍動する踊り手の肉体は 人々の祈りを神々へ届け 神々の意志は 踊り手の身体を通じて 人々や土地にもたらされました

クメール古典舞踊には 曲線が多く見られます 背中を反らせて 膝を曲げて 爪先を引き上げて 肘をこれ以上ないほどに 反らせて 手の指は後ろに反らせます こうした曲線は ヘビのような印象を生みます これがとても重要なのは 主要な宗教がもたらされる前は クメール人をはじめ 世界中で 全てのものに霊が宿るとされたからです ヘビはこの信仰において 重要な役割を果たします ヘビのしなやかで 流れるような動きは 水の流れを思わせるからです ですから踊る身体で ヘビのような印象を表現することは 大地に流れる川のイメージを 表現することなのです 生命の源である水の流れを 想起させます

そうやって考えると クメール古典舞踊は 自然が姿を変えたものです 我々を取り囲む物質的な外界と 内的な心の世界の両方です 主な手の動きが4つありますので 一緒にやってみましょうか? いいですね?

これは「木」を表します 木が成長すると 葉が茂ります 葉が茂った後には 花が開きます 花が開いた後には 実がなります その実が落ちると 新たな木が芽生えます この4つの動きの中に 生命の循環が表されています

これら4つの動きを使って 踊り手は自らを表現する言語が 生まれるのです ですから 例えば 普段はこの仕草で 「私」と言います 「私」 舞踊では こうです 「私」 あるいはこんな風に 「そこの君 こっちにおいで」 と言うのも 舞踊ではこうです 「こっちにおいで」 あるいは「あっちへお行き」

(笑)

「行け」 あらゆるものを表せます 愛情 悲しみ それから

(足を踏み鳴らす)

怒り これらも舞踊で表現できるのです

魔法のようなものが働いて 物事が濾過されて 変容させられ まとめられることで 芸術の限りない可能性が生まれます クメール語で芸術を意味する― 「シラパッ」の 語源は「魔法」という意味です 芸術家である 男性形の「シラパッカー」や 女性形の「シラパッカラニ」は 魔術師同然なのです 私自身 多くの魔術師の 系譜を受け継いでいることに 誇りを覚えます 師であるソピリン・チーム・シャピロ その師匠であった 宮廷のスターたち アンコール王朝の 古代の踊り手たち そして舞踊芸術を生んだ― 昔の村人たちなどといった系譜です

とは言うものの 私たちの大切な文化遺産は かつて姿を消さんとしていました メガネをかけている方は お立ちください 2つ以上の言語を話す方は お立ちください 明るい肌色の方は お立ちください メガネをかけているということは 治療を受ける余裕があったということです あなたが話す第2 第3言語は エリート教育の証です 明るい肌の色は日光の下で 働く必要がなかったということです 1975年から1979年まで カンボジアを支配した クメール・ルージュのもとでは 皆さんは殺されてしまったでしょう 特権を享受していると 見なされたからです お分かりでしょう クメール・ルージュは カンボジアに目を向けて 何世紀にもわたる 不平等があると考えました 国王とその周辺にいる わずかなエリートたちが 世の楽しみや快さを 独占する一方で 大多数の人々が 骨の折れる労働や 厳しい貧困に耐えていました 歴史の教科書を見なくとも これが真実であることは明らかです

クメール語で「私」 「自分」を指す言葉は 「クニョム」です この言葉は「奴隷」を 意味することもでき 踊り手は「クニョム・プレアハ・ロバム」 「聖なる踊りの奴隷」 という意味なのです クメール・ルージュはカンボジアの 奴隷状態を終わらせようとしながら その過程で全員を奴隷に 変えてしまいました 自らが終焉させようとしていた 抑圧そのものに堕してしまったのです 彼らは首都から人を締め出し 収容所での労働を強いました 家族は引き裂かれ 子どもたちは親の考えに 反するよう洗脳されました 国中で人々が命を落とし 殺されていました 命を落とす理由には病気や 過労や 死刑や餓死などがありました この結果 カンボジアの全人口の 3分の1が失われました 4年に満たない期間にです その中にはクメール舞踊の踊り手の 90%が含まれていました つまり 10人中9人の伝統や未来への考え方が 失われてしまったのです

しかし 幸運なことに 私の師の師匠たち― チア・サミーやソッツァム・オン チェン・ポンが 戦争と大量殺戮の灰の中から 芸術様式の復興を目指しました 一人の弟子に 一つの動きや 一つのダンスを 教えることから始めました 愛情や 魔法や 美しさや 私たちの伝統の歴史や哲学を 次世代の身体に 書き込んだのです

40年近く経った後 クメール古典舞踊は 新たな高みに達するまでに復興しました しかし いまだに 脆弱な環境下にあります 戦争による破壊はいまだに クメールの人々につきまといます 私たちの身体に刻まれており 心的外傷後ストレス障害や 家族が直面する貧困の悪循環 大きな文化の裂け目や 言語の壁という形で表れています

しかし 美しさは 非常に強靭なものです 美しさはどこでも あらゆる場所で いつでも 成長できます 美しさこそが 時や場所を超えて 人々を結びつけます 美しさは苦しみからの 解放なのです クメールの芸術家が 祖国や文化を復興するにつれ 未来へと進むための道は 多くあるのだということに気づきました 伝統では その多くが明かされません 踊り手の名前や 彼らがどんな人間で どんな暮らしをしていて どんな感情を抱いているか 率直に開かれた考えで 「クニョム」から 一歩踏み出すことを提案させてください 奴隷としてのクニョムではなく 心を尽くした奉仕としての クニョムへと クニョム 「私」 「自分」 「花開く」

私はプロンソドゥン・アウク クメール人であり アメリカ人です 難民の子であり 創造する者 癒やす者 橋を架ける者です 師匠の初めての男性の弟子です この伝統は多くの女性によって 担われてきました 私はカンボジア初のゲイによる ダンスカンパニーを作りました 私は先人たちの 美しさや夢や力を 体現しています 過去と現在 未来 個人と集団とが 相まみえる存在です

どうか私に古いながらも 決して錆びつかない役割を担わせてください 使者として 芸術家としての役割を チェン・ポンの言葉でお伝えしましょう 「1種類しか花のない庭や 1色の花々しかない庭は よくない」 この言葉は思い出せてくれます 私たちの強さや 成長や 生存や 存在そのものが 多様性から成っているのだと それは同時に 勇気づけられる言葉でもあります 花は誰の許しを得ることもなく 花を咲かせることができます 世界にその存在を捧げるために 生まれてくるのですから 恐れを知らぬ愛を 生まれ持っているのです

ありがとうございました

(拍手)