ポール・ブルーム
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先入観と偏見について考える時 バカで悪い人間が バカで悪いことをすることを思い浮かべます このアイデアはイギリスの批評家であり ウィリアム・ヘイズリットがこのようにうまくまとめています 「先入観は無知の子供である」 私が皆さんにお伝えしたいのは それは誤りだということです 私は皆さんに 先入観や偏見は普通のことで しばしば理性的であるし 良心的ですらあることを知って頂きたい そしてそれを理解頂いた時 もっとこれらを理解できるようになるでしょう どういった時に間違えるのか どういった時に悪い方向へ働くのか またそうなってしまった時に どうしたら良いのかが分かるようになるでしょう

まずはステレオタイプの話をしましょう 皆さんは私について― 名前も いくらかのことも ご存知でしょうから 私のことを判断できるでしょう 私の民族性や政治的志向 宗教観を想像できるでしょう 実は こうした推測は割と正確です 私たちはそういうのは得意なのです とても得意です なぜならステレオタイピングする能力は 心の恣意的ないたずらなどではなく むしろ一般的な 思考過程の一例です 私たちはこの世界の 物や人と接し それらはカテゴリーに分類されますが 私たちはその経験から 新奇なものを一般化できます 会場の皆さんはイスやリンゴ 犬について 沢山の経験をお持ちだと思います 皆さんはそれに基づいて 見慣れない例から イスに座れること リンゴを食べられること 犬が吠えることを想定できます 間違えることもあるでしょう イスは座ると崩れるかもしれません リンゴは毒かもしれませんし 犬は吠えないかもしれません ちなみにこちら 私のペットのテシーは吠えません まあとにかく 大体の場合 私たちの想像は正確です 大体の場合で 社会的 非社会的なことに関わらず 私たちの想像は正確です そうでなかったならば — 新たに遭遇した物事に対し 上手く想像ができなかったとしたら — 私たちはここまで生きていないでしょう 事実 ヘイズリットは後に 素晴らしいエッセイの中で こう書いています 「先入観や習慣の助けなくして 私は部屋を通ることもできなければ あらゆる状況でどう振る舞えば良いか 分からないし 周囲との関係を どう感じたら良いかも分からないでしょう」 偏見もそうです 私たちは時々 世界を 我々 対 彼ら グループ内と外に分けます そしてそうした時 私たちは何か間違えていると気付き なんだか恥ずかしくなります ですが誇らしくなることもあります 私たちは公然にそれを認めます これについて私が好きな例は 前回の選挙前の共和党のディベート時の 聴衆からの質問です

(ビデオ)アンダーソン・クーパー: 外国援助の件で会場からの質問を はいどうぞ (ビデオ)アンダーソン・クーパー: 外国援助の件で会場からの質問を はいどうぞ

女性:アメリカ人は 今 この国で苦しんでいます 私たち自身が援助を必要としている中で どうして他国を 援助し続けるのでしょうか

クーパー:ペリー氏 いかがでしょう

(拍手) リック・ペリー:ごもっともです 私は —

ポール・ブルーム:壇上の皆が 彼女の質問の前提に同意してます つまりアメリカ人として 他よりアメリカ人を援助するべきだ ということです 事実 一般的に人々は 結束 忠義 誇り 愛国心といった感情に 自国や自民族へと流されるものです 政治的立場に関わらず 多くの人はアメリカ人であることを誇りに思い 他国よりもアメリカ人を優先します 他国の住民も 自身の国に対して同じように考えますし これは民族についても同様です

これを否定する方もいらっしゃるでしょう もの凄く世界主義的で 民族性や国民性によって 良識が影響されるべきでないと 仰る方もいるでしょう しかしそのような賢人でも 友人や家族といった グループ内の近しい人に 贔屓目があることは認めるでしょう ですのでそうした人でも 我々 対 彼らという区別を持っているのです

こうした区別は十分自然で 良識的ですが 歪んでしまうこともあります そしてこれは偉大な社会心理学者 ヘンリ・タジフェルの研究の一部です タジフェルは 1919 年にポーランドで生まれました 彼はフランスの大学へ行くのに国を離れ ユダヤ人なのでポーランドの大学へ 行けなかったからですが その後 第二次世界大戦では フランス軍に入隊しました 彼は捕らえられ 戦時キャンプの囚人となりました それは恐ろしい出来事でした なぜなら もしユダヤ人だと分かれば 彼は強制収容所へ移され 生き延びることは ほぼできないだろうからです 事実 戦後に彼が解放された時には 彼の友人や家族は ほとんどが亡くなっていました 彼は別の仕事に携わりました 戦争孤児を助ける仕事です しかし彼はずっと以前から 先入観の科学に興味を持っており ステレオタイプに関する イギリスの有名な講座の 奨学金取得試験があった時 彼は応募し 受かりました それから彼は凄いキャリアを歩み始めました そのきっかけは ホロコーストに関する多くの人の考えが 間違っているという洞察でした 当時 多くの人たちは ホロコーストとは 遺伝的汚点や権威的な特性といった ドイツ人の悲しい欠点の一部によるものだと 考えていました タジフェルはこの考えを棄却しました 彼は ホロコーストで起こったことは 私たち一人一人が持つ 通常の心理プロセスが ただ過剰に働いてしまったもの だと言っています それを調べる為 彼は イギリスの若者で 一連の古典的研究を行いました その研究の一つで 彼は イギリスの若者にいろいろな質問をし その回答に基づいて評価を伝えます 「あなたの回答を見たところ あなたはこれこれこうだと判断しました」 参加者の半々にそれぞれこう伝えました 「あなたはカンディンスキー愛好家です」 「あなたはクリー愛好家です」 完全にデタラメでした 回答はカンディンスキーとも クリーとも無関係だったのです 参加者たちはそのアーティストたちの 名前も知らなかったでしょう タジフェルはただ恣意的に 参加者を分けたのです ところがそこで彼が発見したのは このカテゴリー分けは影響があるということでした その後 参加者らに金銭を渡すと 彼らはそのお金を 他のグループよりは 自身のグループメンバーにあげたのです 更に悪いことに 参加者らは 自身のグループと他のグループの 識別に熱心になりました そうすることでお金は 自グループにより費やされ そうすれば他グループのお金は より少なくなるからです

こうした偏見はとても早い段階で現れました ですので イェールでの私の同僚であり 妻であるカレン・ウィンは 赤ん坊で一連の実験を執り行いました 赤ん坊に人形を見せるのですが この人形は食べ物の好みがあります ある人形は青豆が好きで 別の人形はグラハムクラッカーが好きだとします 赤ん坊自身の食べ物の好みを調べると 基本的にはグラハムクラッカーが好まれていました ここでの疑問は 食べ物の好みが 人形の扱いに影響はあるのかということです 大いにありました 赤ん坊は自身と同じ好みを持つ 人形をより好みましたが ひどいことに 赤ん坊は 別の好みを持つ人形を やっつける人形をより好んだのです (笑)

こうしたグループ内外に関する心理は あらゆる所で見られます 異なるイデオロギーを持つ 政治的対立でも見られますし 戦争といった極限の状況では グループ外の者には与えるものを減らすどころか 人間扱いすらしません 例えばナチスがユダヤ人を 虫食いやシラミとして見たり アメリカ人が日本人を ラットとして見たりです

ステレオタイプも同様に ひどいことになり得ます ですので 大抵は理性的で有用ですが 時々理不尽になり 間違った答えを見せます あるいは 完全に非道徳的な方へ向かうこともあります この点が最も良く研究されているのは 選挙の場面です 興味深い実験が 2008 年の選挙前に行われました 候補者をどれだけアメリカと 関連付けて捉えているかを 無意識下での国旗との関連付けから調査した 社会心理学者による実験です 実験の一つでは オバマとマケインを比較し マケインの方がよりアメリカ人的だと 捉えられていることが分かり それを知らされた人たちは それほど驚かなかったのです マケインは著名な戦争立役者であり 多くの人は明示的に オバマより マケインの方がアメリカ人的な背景を 持っていると答えます ところがオバマと イギリスの首相 トニー・ブレアとを比べたところ 彼もまたオバマより アメリカ人的だと評価されました 実験参加者たちはブレアが アメリカ人ではないと分かっていたにも関わらずです そうです 彼らは 肌の色に反応していたのです

こうしたステレオタイプと偏見は 実社会に影響しており いずれも小さいことながら とても重要です 最近のある実験では 研究者が eBayに 野球カードの広告を載せました 白人がカードを持つ写真と 黒人がカードを持つ写真です どちらも同じ野球カードです 黒人がカードを持つ写真の方が 白人がカードを持つ写真より 実質的に低価値となりました スタンフォードでの実験では 心理学者が 白人殺害事件の 判決について調査しました その結果 条件は全て一定だとした場合 右の男性に似ていたら 左の男性に似ていた場合よりも 死刑になる確率が高いです 大きな理由としては 右の男性の方が より典型的な黒人 — より典型的なアフリカ系アメリカ人に見えるからです 明らかにこの点が 被告に関する 人々の判断に影響していました

ではこれを知った私たちは どうしたら良いのでしょう いくつかの道があります 一つの道としては 人々の感情に 人々の共感に働きかけることで これにはよく物語が使われます 仮に皆さんが自由主義的な親だとして 伝統的でない家族のメリットを 子どもに伝えたければ こういった本を読ませるかもしれません 『ヘザーの二人の母』 もしも皆さんが保守派で 別の考え方を持っているなら こういった本を読ませるかもしれません (笑) 『ママ助けて!ベッド下に自由主義者が!』 一般に 物語を通じて 名も無き他所者は関係者になります そして人を集団として見るより 個人として見た方が気になります これは歴史を振り返っても良く見られることです スターリンがこう述べた説があります 「一人の死は悲劇だが 百万の死は統計だ」 マザーテレサは言いました 「大衆を見ても私は行動しない 個人を見たときに私は行動する」 心理学者がこれを調べました 例えばある実験では 一つのグループにはある危機が引き起こした 事態のリストを提示し その解決に いくら寄付するかを見ました 別のグループには事態のリストは呈示せず ただ個人の 名前と顔だけを呈示しましたが このグループの寄付金の方が大幅に高かったのです このことはチャリティ活動に携わっている 人にすれば秘密でも何でもないでしょう チャリティ関係者は 事実や統計は持ってきません それよりも顔を持ってきます 人を見せるのです 個人に向けた同情を拡張することで その個人への同情を グループまで拡げることが可能なのです

こちらはハリエット・ビーチャー・ストウです 一説としてこんな話があります リンカーン大統領が 南北戦争中に 彼女をホワイトハウスへ招き こう言ったそうです 「あなたがこの大変な戦争を 引き起こしたご婦人ですね」 『アンクル・トムの小屋』のことを言っていたのです 哲学としても神学としても 優れた作品ではありませんし 文学ですらないかもしれません しかしこの本は人々に 読まなければ考えもしないであろう 奴隷の身になるということを 考えさせるすごい本です そして それは恐らく偉大な社会的転換の 一助となったと思われます

もっと最近 ここ数十年の アメリカを見てみると 「コスビー・ショー」といった番組が アフリカ系アメリカ人に対する アメリカ人の態度を根本的に変えていたり 「ふたりは友達?ウィル&グレース」 「モダン・ファミリー」といった番組が 男女同性愛者の見方に対して 影響を与えているように見えます 私は アメリカの道徳的変化の 主な媒介が コメディーだということは 過大評価ではないと思います

ただ感情が全てではないと思いますし 最後に理性の力をアピールして 終わりたいと思います スティーブン・ピンカーの素晴らしい著書 『人の中の良き天使』の中で こう書かれています 旧約聖書は隣人を愛しなさいと説き 新約聖書は汝の敵を愛しなさいと説いているが 私はあまりどちらも愛していません でも殺したくもありません 彼らに対して義務があることは分かっているが 彼らに向ける道徳的感情や どういった姿勢で振る舞うべきかは 愛が基準ではありません その基準は人権に関する理解にあり 私の人生が私にとって貴重であるのと同じように 彼らの人生もそうだという 信念に基づいています 著者はこれを支持する背景として 偉大な哲学者 アダム・スミスの 物語を紹介していますが 私もそうさせてもらいます 私のは現代向けに少し変えて 話しますが

さて アダム・スミスはまず皆さんに 数千人の人々の死を想像してくださいと言います そしてそれらの人々は 皆さんがよく知らない国の人です 中国でもインドでも アフリカの一国でも構いません どう反応するかと スミスは尋ねてきます 皆さんは それは酷いことだねと言って 引き続き自分の人生を歩んでいくでしょう 例えばニューヨークタイムズ オンラインを開いて こういったニュースを知るのは 日常的にあるかと思いますが 私たちは自分の人生に専念します そうではなく例えば明日 皆さんの小指が切り落とされることを 想像してくださいと そしてそれは 皆さんにとって大事でしょうと スミスは言います 明日のことを考えると その夜は眠れないでしょう そしてここで質問です 皆さんは数千の命と引き換えに 自分の小指を守りますか 答えは頭の中に留めておいてください スミスは 決してそんなことはしないと答えますが なんてイヤな答えでしょう そしてこれがある問題を提示します スミスによれば こうです 「受け身で考えるとこんなにいつも 浅ましく自分勝手であるならば 一体どうして我々の行動原理は 常にこんなに寛大で高貴なのか」 これに対するスミスの答えは 「理性 行動原理 意識 それらが命じるのです 我々の情熱の最も傲慢な部分を動かす声で 我々は皆 他と変わりないのだと」

この最後の部分は よく 公平の原則として紹介されるものです この 公平の原則は 世界中の宗教で語られています あらゆる黄金律 世界中の道徳哲学でです 様々な違いはあるものの 公平な視点から良識を判断するべきという 前提を共有しています

この見方を最も明瞭に示しているのは 実は私にとっては 神学者でも哲学者でもなく ハンフリー・ボガート著作の 『カサブランカ』の最後です ネタバレですが 公益の為に別れなければならないと 主人公は恋人に告げます 彼はこう言います アクセントは真似しませんよ 「ちっぽけな三人の問題なんて この狂った世界の中では 一山の豆ほどのものにも及ばない」

私たちの理性は 情熱を抑え込むことができます 私たちの理性は 共感を強めることもできます 『アンクル・トムの小屋』を書こうと あるいは読もうと思わせたりします また私たちの理性は 習慣やタブー 法律を作り また 衝動で行動すべきでないときには 理性的な人間として そうしないよう 自分たちを律します これが憲法というものです それは過去に制定され 今もなお運用されるもので それが示すところは 人気な大統領を何度 再選させようとも 白人がどれだけ奴隷制度を復活させたいと 望もうとも できないということです 私たち自身を律したのです

別の意味でも律しています 求人や賞で 人を選ぶ場面になったとき 私たちはその人たちの人種に強く影響されます 性別に強く影響されます 魅力に強く影響されます 時にこう思います 「まあそういうものだ」 しかし「それは間違っている」と思うこともあります この問題を何とかするためには ただ頑張るのではなく 他の情報源が 私たちに影響しないよう工夫します 例えばそれは 多くのオーケストラオーディションで 奏者をスクリーンで隔てて 関連すると判断する情報のみを 見るようにコントロールします 私は先入観と偏見が 人間の性質の根本的な二面性を 表していると考えます 私たちは直感や本能 感情を持ち それは判断や行動に 良い方にも悪い方にも 影響します しかし同時に私たちは理性的に検討を重ね 知的に計画を立てることもでき それによってある状況下では 感情を高めるように持っていき ある時は感情を殺します そして そうすることで理性は 世界をより良くするよう後押ししてくれるでしょう

ありがとうございました

(拍手)