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TED Conversations
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Started by Seo Rim Kim 8 Comments
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私の大好きな詩人、エミリー・ディキンソンで始めます 彼女は、「驚き」とは知識でもなく、無知でもないと言いました それは、我々がなれるはずだと信じているものと 忘れてしまった伝統の間に 浮遊している何かなのだ、と ここでこうした素晴らしい人たちの話を聴いていると ものすごく刺激されます こんなに多くの素晴らしいアイデアとビジョンに それなのに、外の環境を見回すと 建築がいかに変化に抵抗するものかがわかるのです まさにこのようなアイデアに対してこそ抵抗するのです 我々はこれらを考え出し、素晴らしい物を作れる それなのに、結局最後には 壁一つを変えるのさえ難しいのです 我々は「お行儀のいい箱」を褒め称えるのです しかし、今まで存在したことのないものを作ることに私は興味があります 未だかつて存在したことのないもの 自分の心と魂の世界以外では、決して入ったことのない場所 それこそが、建築が基本にしているものなのです
建築は、コンクリートと鉄と 土の成分でできているのではない 驚きに基づいている その驚きこそが、偉大な都市、我々が持つ偉大な空間を を作り上げているものです これこそが建築です 建築は物語なのです ところでそれは、ハードな素材を通じて 語られる物語です それは起こりそうにないことに対する努力と 闘いの物語です 偉大なビルディング、教会、寺院、 ピラミッド、仏塔、 インドの町々などを思い浮かべる時 それがなにか抽象的なアイデアでなく 人々によって実現されていることに驚きます
作られたどんなものでも、できなかったかもしれないし、 作られたどんなものでも、もっと上手くできたかもしれません こちらをご覧下さい 私が重要な建築物について 信じていることがらです 私はこういうものを規範として仕事をしたいのです これは非常に個人的な考えです 美術評論家や建築評論家や都市計画者が 重要視することではありません でもこれらは酸素のように必要なのです 我々がビルの中で生活し、都市で生活し、 社会空間で繋がり合うために
そして私は、建築は「楽観主義」で前進すると信じています 建築家は、未来があると信じなくてはならない唯一の職業です 将軍や、政治家や、経済学者なら鬱屈していてもいいし マイナーキーの音楽家も暗い色の画家もそうです しかし建築は、未来が今より良いという、完全な恍惚状態のことです それが、社会を動かすと私は信じています
現代には、悲観主義の伝道者が周り中にあふれています このような時でさえ 建築家は偉大なアイデアをもって成功することができます 小さくないアイデアです 偉大な都市を考えて下さい エンパイアステートビルを、ロックフェラーセンターを これらは、ある意味では必ずしも 良い時代に作られているわけではありません しかしそれでも建築のエネルギーとパワーが これらの建築が占める社会・政治空間を動かしたのです
次に、私は表現性を信じています 私は中性性を好んだことがありません 私は人生のどんなことでも中性性を好んだことがありません 私は表現を考えます エスプレッソコーヒーのようなものです つまりコーヒーのエッセンスです それが表現というものです 表現は、多くの建築から消えています なぜなら建築は中性性の領域、 意見を主張しない状態の領域、価値観を持たない 領域のものと考えられているからです それでも、私は表現性、 街の表現性、我々自身の空間の表現性が 建築に意味を与えると信じています
そしてもちろん、表現的な空間は静かにしていません 表現的な空間は、単に我々が 既に知っていることを確認する場所ではありません 表現的空間は我々を混乱させます それもまた生活の一部だと思います 生活とは、麻酔薬でニコニコしているようなものではありません 歴史の深淵に手を拡げ 一度も行ったことのない場所や 運が悪ければそこにいたような場所まで手を広げることです
次に、急進性と保守性について 急進性とは何か? それは何かに根ざしていること 伝統のどこか深くに根を持つこと それが建築ということであり、それが急進性なのです 死んだ姿をホルムアルデヒドで保存する ことではありません 実際は、自分たちがその一部である 宇宙の事象とライブに繋がることであり 確かに今起きていることについての物語です 良い終りも、良くない終りも持っていない 実際は、我々自身の行動が、物語を ある方向に押し進めているのです
私は急進的な建築を信じています このソビエト的建築は 保守的です かつてのラスベガスがそうであったように 感情を保持し、伝統を保持し、それが 心が前進するのを阻んでいたのです もちろん急進性とは、それに対抗することです そして我々の建築とは、我々自身の 感覚と対抗するものです したがって冷たいものであってはいけません
そのような冷たい建築は、非常に高く評価されますが 私は常にそれに反対します 感情が必要だと思うのです 感情のない人生など人生ではない 心さえもが感情的です 倫理の領域、我々は何者かという 哲学上の謎に、感情を持ち込んでも構いません 感情は、街の空間、街の生活に 導入すべき重要な規範だと思います
そしてもちろん、我々は感情のせめぎ合いの中にいます それが、世界を驚きに満ちた空間にするのです そしてもちろん、冷たく無感情なものと感情との対決が 都市自身が培ってきた 会話だと思います そうやって都市は発展していきます 都市の形だけでなく 感情を吹き込んだという事実が重要です 都市を造る人の感情だけでなく そこに住む人の感情についても...
「説明不能」と「理解済み」 我々はいつも全てを理解しようとしすぎます しかし建築は言葉で表される言語ではありません 言語なのですが、我々が言葉で書くことができるような 構成可能な記号に切り詰められるものではありません 外で見かけるほとんどのビルは、あまりに平凡で 非常に短いストーリーだけを話します つまり「私は何も話すことがないよ」です (笑)
そこで実際に重要なのは 言葉では全く表現不可能な 建築的要素を取り入れることなのです なぜならそれは比率や、素材や、 光のなかで作動しているからです それは様々な源泉— あまり前頭葉的でなく、どちらかというと 生命そのものや、街の歴史や、 人々の歴史に埋め込まれたような 複雑なベクトル配列と結びつきます それ故に、建物はわかりやすいのがいいという考えは 間違った考えだと思います それは建築を平凡さに落とし込みます
手かコンピューターか もちろん、コンピュータ無しでなにができます? 仕事全体がコンピュータに依存しています しかしコンピュータは手のグローブであってはいけない 手そのものが、コンピュータをドライブしなくてはいけない なぜなら、手は 全く原始的で、生理的にあいまいだが ある「源泉」を持っている それが何かは明らかでないし それを神秘的に捉える必要もないが 手は、我々の自律性を越えた力から 贈られたのだ思います そして我々が手で描く時 それはコンピュータに似せるかもしれないが、コンピュータ描画ではなく 「源泉」からもたらされるものであり それは全く知られていないもの、正常でないもの、見たことのないものです そして手は―本当に、仕事をしている全ての皆さんにとって― いかに我々の手がコンピュータに従うのではなく、 コンピュータを我々の手に従わせるかが重要なのです
それこそが、建築の複雑さの一部だと思います 私たちは、シンプルさはよいことであるという宣伝に 慣らされています 私はそうは思いません 皆さんの話を全部聞くと、思想の複雑さ、 多層になった意味の複雑さは圧倒的だと感じます そして建築も、そこから逃げてはいけないのです 脳外科、原子物理学、 遺伝子学、経済学などは とても複雑な分野です 建築だけがそこから逃げて、シンプルな世界という 幻想を提示してはいけません 建築は複雑です 空間は複雑なのです 空間というものはそれ自身で全く新しい世界へ展開していきます その空間は驚くべきものなので しばしば称揚される単純さに 還元できないのです そしてまた、我々の生活も複雑です 感情も複雑です 知的欲求も複雑です だから、建築も、我々が持っているそれぞれの空間や それぞれの深い知識の複雑さを反映する 必要があると思います
もちろんそれは建築が政治的なものであることを意味します 政治は建築の敵ではありません 「政治」の語源「ポリテア」は都市です 我々全体なのです そして、建築という行為は 個人住宅であっても、他人から見れば政治的行為です 他人にも見えるからです 我々の世界はますます互いに繋がり合ってきています 従ってまた、純粋な建築、 抽象的な存在に過ぎない自律的な建築という世界に 逃げ込むことは、 私には出来ません そして私は、伝統的建築との相互作用、 —それは時に非常に難しいのですが— 歴史と対峙し、普通の予測を飛び越えた 立場をとり、批評を呼び起こすような相互作用を信じています
なぜなら建築は、疑問を投げかけることでもあるからです 答えを出すだけではない 人生と同じく、疑問を投げかけるのです したがってそれは現実的であることが重要です 我々は何でもシミュレートできます しかしシミュレートできないものが一つあります それは人間の心、魂です そして建築はそれらと緊密に織り合わさっています なぜなら我々は「どこかで」生まれ、死ぬのですから だから建築のリアリティは肉体的です 知的ではないのです 本や理論からもたらされるのではありません それは現実で、手が触れられるドア、窓、 敷居、ベッドのような そういう平凡なもので、にもかかわらず 私は、全てのビルで、仮想空間を、 非常に謎が多くリッチな仮想空間を採り上げ 現実世界に作り出そうとするのです オフィスのための空間: 持続可能な空間で、 そこは仮想性の中でも機能し、 かつ、現実の何かとしても実現できるもの
予想外と習慣的 習慣とは何か? 自分自身への足かせです 自分で持ち込んだ毒です 予想外は常に予想外 教会は、予想外で 常に予想外でしょう フランク・ゲーリーの建造物 あれは将来も予想外であり続けるでしょう 私たちに安定という間違った感覚を 植え付ける慣習的な建築ではなく 緊張に満ちた建築、 それ自身を突き抜け 人間の魂と心に触れる建築が 我々を因習のくびきから解き放ちます
そしてもちろん、慣習は建築によって補強されます 似通った建築を見ていると 同じ観点、同じ光線、同じ素材の世界に 慣れさせられてしまいます 我々は世界が自分たちの建物の様だと考えます そしてあなたの建築は、それ自身の一部である技術や驚きに 制限されてしまうのです
再び、「予想外」は「生(なま)」でもあります よく「生」と「洗練」について考えます 「生」とはなにか? それは 裸の体験、贅沢とは無縁で 高価な素材とも無縁、 高尚な文化に関連した 洗練とも無縁です 「生」であることは、空間では 持続可能性が実際に、未来には 生の空間になることであり 装飾されていない空間 どんなしきたりにもはまらない空間 しかし温度は冷たく、欲望には抵抗できる 空間です いつも付き従うよう訓練された 犬の様ではない空間、 他の可能性、他の経験を示す方向へ 自ら向かっていく空間、 過去のどんな建築のボキャブラリーにもない空間です
このような併置にもとても興味があります そこに新しいエネルギーのスパークが起きるからです つまり私はなにか、丸くなく尖ったものが好きで 現実にフォーカスしたもの、 非常に小さな空間でさえも変えてしまうような パワーと影響力が好きなのです
建築は科学のように偉大なものではないでしょうが ある焦点を通じて アルキメデス的な方法で 世界のあり方を増幅できるのです しばしば建物一つがあれば 我々の可能性、事績、そして世界がいかに 安定と不安定の間に止まっているかの体験を変えることができるのです もちろん、建物はそれ自身の形を持っています その形を変えることは困難です にもかかわらず、全ての社会空間、また 全ての公共空間は 凡庸な思想や技術以上の何かを 伝えようとしているのだと信じています それは何か尖ったもので その指し示す方向は 前、後ろ、横、周りなど様々です つまりこれは記憶のことです 私の主な関心は記憶にあるのです 記憶がなければ我々は記憶喪失者です 自分たちがどちらへ向かっているかも分からず なぜそこへ向かっているかも分かりません
だから私は、同じものを何度も焼き直して使い回しする 忘却可能な再利用には興味がないのです それらは批評家の称賛を受けます 批評家は同じことが何度も繰り返されるパフォーマンスが好きなのです しかし私はなにか 全く聞いたことのないもの、 それにたとえ傷があっても、それを扱っている方が 意味なく空虚になったことを何度も繰り返すよりも よいのです そしてまた、記憶は都市であり、記憶は世界です 記憶なくしては、告げるべき物語がありません 振り返る場所がないのです
記憶こそが、我々が世界だと思っているものです そして我々の記憶だけでなく 我々を思い出す人々の記憶のことです つまり建築は静かにしてはいないという事です それはコミュニケーションの技法です それは物語を告げます 物語があいまいな欲求に到達します それは明らかに表に現れていない源泉にも到達します それは、既に埋められた何千もの モノにたどり着き それを全く予想しなかった財産として蘇らせます
だから、建築が静かなものであるという認識は 全く私にはアピールしないのです 沈黙は墓地には良いが、都市には合いません 都市は振動と、音と、音楽に満ちているものです だから、本当に、私が重要だと信じる 建築の使命は 振動する、 多元性の空間を創ることです それは非常に平凡な活動を変換し 全く別の期待値に引き揚げるのです ショッピングセンターを 娯楽会場というより美術館のような泳ぎ回れる場所として作る それが私の夢です
またそれはリスクでもあります 建築はリスキーであるべきです 莫大なお金やその他を使いますが、しかし、そう、 それは安全ではいけないのです なぜ安全であっていはいけないかというと、もし安全なら それは我々が望む方向へ進んで行かないでしょうから そしてもちろん リスクは世界の全ての下に横たわっています リスクのない世界は生きるに値しないでしょう だから、そう、私は全ての建築はリスクを帯びているべきだと思います この写真のような片側支えの空間を作るようなリスクです これまでにないほど 目がくらむような 空間のリスクです 先進的な都市ではそうあるべきです リスクは、本当に建築を動かし それに傷があっても、既製品の空虚さが 繰り返される今よりも はるかに良い世界に連れて行きます
そしてそれが、私が考える建築の理想形です それは空間であって、流行ではない それは装飾のことではない それは、最小限の手段で 繰り返すことのできないもの、 他の場所では絶対にシミュレートできないものを作ることです そして、私たちが呼吸できる空間が必要です 夢見る空間が必要です 単に、私たちの中の幾人かのための 高級な空間だけでなく 世界の誰もに重要です
これは変わりゆく流行や、変わりゆく理論のことではなく 木のための場所を作り出すことです 都市の家庭の空間に、自然が入り込める 場所を作り出すことです これまでに一度も日の目を見たことのない何かが 密度の高い内部構造に入れる場所です これが本当に自然の建築だと思います
私は民主主義を信じています 私は全体主義国家のために作られた 美しい建物が嫌いです そこでは人々は話すことも、投票することも、何も出来ません 我々はこのような建物をあまりに称賛し過ぎです 美しいと思うのです しかし人々に自由を与えない社会の 貧困を考えるとき、私はこのような建物を 称賛することができません つまり、困難もあるが、民主主義を信じています
そしてもちろん、グラウンド・ゼロ 他に何があるでしょう? これは非常に複雑な計画です これは感情的です 多数の利害があります 政治的です 非常に多くの団体が参加しています 非常に多くの利害があります お金 そして政治権力 犠牲者への感情 そして、多くの混沌、多くの困難の中でも 以下の言い方が嫌いです: 「これは白紙だ、建築家さん 好きなようにやってくれていいよ」 そこからは何も良いものは生まれません
建築とは合意のことです そして汚れた言葉「妥協」のことです 妥協は悪くありません 妥協は、もし芸術的ならば もしそれが戦略に対抗できればー これは最初のスケッチと最後のレンダリングですが― そう違いはないのです そして、妥協、合意は 私が信じるものです そしてグラウンド・ゼロ 多くの困難にもかかわらず、前進しています 困難です 2011,2013,フリーダム・タワー、記念碑 これで終わりにしたいと思います
私は、他の何千もの人たちと同じように 船で移民してきて、 その点からアメリカを見て刺激を受けました これがアメリカだ これが自由だ これが私が夢見ていることです スカイラインに現れる個人主義です それを復元したいと思います そして最後に、それはアメリカが表す自由、 移民としての私だけでなく、世界の全ての人のための自由です ありがとう
クリス・アンダーソン:質問があります つまりあなたは、 グラウンド・ゼロ計画の過程で、あなたが作り出した オリジナルな、素晴らしいデザインが失われたことにけりをつけたのですか?
ダニエル・リベスキンド:我々は、自分たちが 権威主義者であること、自分たちが起きること全てに 決断を下せるという考え方を直さなくてはなりません 我々は他人に依存し、その中でベストの方法を形成しなくてはなりません 私はブロンクスで育ちました 敗者になるな、闘いで 諦めるやつにはなるな、と教えられました 信じるもののためには闘わなくてはなりません 勝ち取りたいもの 全てが得られるわけではありません しかし舵取りはできます そして私は、グラウンド・ゼロに作られるものは 意味があり、刺激的で 後の世代に、犠牲について、またこの事件の 意味を伝えると思います ニューヨークだけのためでなく、世界のために
About The Speaker
Being a designer of breathtaking and sometimes confounding buildings seems almost a footnote to the amazing life of architect Daniel Libeskind.
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About This Talk
ダニエル・リベスキンドは非常に大きなアイデアをもとに建築します。彼はここで、彼の建築についてのビジョンの根底にある17の言葉について語ります—生(なま)、リスキー、感情的、急進的(根本的)などの言葉で、大胆で創造的な目標の追求ではどんな場合も刺激を与える言葉です。
Translated into Japanese by Masahiro Kyushima
Reviewed by Masaaki Ueno
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